【 大きな枠組を超える冒険 】

『時の祭壇』は時間をテーマにしたゲームです。

すすむ時間とまわる時間の形の違いが

すべての出発点になっています。

 
 
というお話をすると

「なぜ、時間がテーマなんですか?」と聞かれます。

なぜって…。

「誰もが同じように持っているものだから…」では、
説得力がないでしょうか?

 
 
もちろん、体感的には完全に同じではなく、

常人の10倍早く老いてしまう

プロジェリアという病気をわずらっている人もいます。

彼らが達する心の境地は深い慈愛に満ちていますが、

それはまたちょっと別の話。

 
 
ともかく、時間はすべての人に対して

同じように流れます。
 
 
 
 
出発点をね。

同じにしたいわけです。

それがゲームであるのならば、なおさら。

 
 
知識や財力や立場を全部取っぱらったところで、

人と人がなごやかに楽しい時間を共有できる。

もっと言えば、言葉の枠を超えてつながれる。

 
 
それが、ぼくのめざしている「平和」という状態です。

『時の祭壇』にはその思いのありったけを込めました。
 
 
 
これまでに作ったゲームも

そのコンセプトは同じだったんです。

だからこそ、

どのゲームもいたってシンプルなルールでした。

 

ルールは逸脱の可能性を抑制するものですから、

できるだけそれが多くならないよう配慮していました。
 
 
 
が、それでもなお、

メタレベルでは大きなルールにしばられていました。

「最初に在庫を作って、売り切ることを目指す」という

近代資本主義のルールからは自由ではなかったのです。

 
 
しかし、『時の祭壇』はその枠組も飛び越えます。

いらないものはつくらない。

いるものだけをつくる。
 
 
 
アートが新しい時代のモデルを提示する営みだとすれば、

ぼくはようやくその一作目をつくれたのかも知れません。
 
 

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