【 なぜ、贈与の感覚が幸せを呼ぶのか? 】

言葉として知っていても…

分かったつもりになっていても…

腑に落ちていない知識というのは山ほどあります。

というか、そんなことばっかりですよね。
 


 

たとえば、
嫉妬という感情は良くないものだと聞いていたし、


「まぁ、そうなんだろう」とは思っていましたが、


結局のところよく分かっていませんでした。


「最悪の大罪」とまで言う人もいるわけですが、


そこまで悪いものだとは感じていなかったし。
 
 


 

けれど、「それは時間を止める感情なんだなぁ」
と考えると、

ストンときました。


成長を止める思考なんですね、それは。
 


 

小学生の時に感じた嫉妬はその時点に


中学生の時に感じた嫉妬はその時点に


人の精神をとどめてしまう。


確かに、最強にして最悪かも知れない>嫉妬


ザ・ワールドか。
 


 

なぜ、そういうことになるかと言えば、


視点が固まるからなんでしょう。


ぼくが「うまい絵」を教えることに抵抗があるのは


視点を固定する遠近法の危うさを


わざわざ引き寄せなくてもなぁ、と思うから。
 


 

空間に対しても、

時間に対しても
あまりに強固な視点は危ういわけです。
 
 

 


ということで、


嫉妬の居つきから逃れるには


贈与や献身が必要だということも深く納得。
 


 

「奪えば足らず、分ければ余る」ですね。

 

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