解かれたページとしてのカード

 

「どうしてこんなことが考えられるのか?」という疑問が
たぶんぼくが一番ワクワクする感覚で、
それを見せてくれたのが高山宏さん、マルセル・デュシャン氏、
そして星野之宣さんでした。
 
ブログなどに何度も書いているように
この3人がぼくの人生の憧れの人でして、
もちろん他にもすごい人はたくさんいるわけですが、
そこは好みと言いますか。
ちなみに、ぼくは大葉とゆずが大好きで
その香りにはほぼ猫にまたたび状態になります(笑)
 
 
 
中でも一番早い/若い時期に出会ったのが
星野之宣さんのマンガ。
小学4年生の時、週刊少年ジャンプで見た
『ブルーシティー』こそ、
ぼくの人生の出発点だったと言っても過言ではありません。
 
勢いあまって社名にまでしてしまいました。
 
  

以来、
『巨人たちの伝説』『妖女伝説』『2001夜物語』…。
掲載される雑誌を買いあさってはスクラップしていました。
宝物はやっぱり紙なのです。
 
『妖女伝説』が載ったのはヤングジャンプの創刊号でしたが、
エッチなマンガも載っているちょっと大人の雑誌だったので、
中学生のぼくはドキドキしながらレジに持っていったものです。
 
で、スクラップというのは雑誌から目当てのページを切り離す
行為なわけですが、ぼくにとっての「カード」とは
まさにそういうイメージ。
一度「本」として綴じられたページが、
ほどかれて飛び立つ感じです。
 
本は言葉を大切にしまっておける宝箱ですが、
ちょっとうがった見方をすれば、
言葉を閉じ込めた標本箱とも言えます。
 
標本箱の蝶がもう一度野に放たれる感じなんですね>カード
不死鳥ならぬ、不死蝶のイメージ。
 
野で飛べば、汚れもするし、傷つきもする。
それでも、そこには喜びがあるし、愛がある。
生きることの映し絵でもあるわけです。

 

 

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